かくして、フロレスたちを辛うじて救出したボートは、彼らのボートを守る盾の如く前面に回り込んできた味方の小型巡洋艦の陰に滑り込んでいく。
そのボートの中で、フロレスたちは激しく消耗した身を、ぐったりとヘリにもたれかけていた。
彼らは、味方旗艦に猛撃を加えていた敵艦一隻を不意を突いた反撃で戦闘不能に陥らせ、その攻防戦によって火達磨となった自艦を自ら敵旗艦に突撃させていったのだった。
火焔に呑まれた自艦から脱出を試み、敵将ジョンストンらの狙撃の的とされながらも、味方の負傷兵を抱えながら必死で泳ぎ続けた。
そして、果敢にも彼らを救出に参じた味方のボートに引き上げられはしたものの、無謀な行動の連続と長距離を泳ぎ続けたことによる強度の疲労とで、体は鉛のように重い。
フロレスは、思わず深い溜息をつきそうになり、懸命にそれを噛み殺した。
頭は朦朧として、思考も鈍磨している。
（しっかりしろ…！
この大事な時に……）
口惜しさに噛み締めた唇に、塩水がヒリヒリと沁みてくる。
その上、海水を含んだ軍服や長いブロンドが全身にベッタリと纏わり付き、その重みや不快感がいっそう疲労感を募らせた。
（註☆イラストは、ウィキペディア（Wikipedia）よりお借りした、エドゥアール・マネの歴史画『キアサージ号とアラバマ号の海戦』です。）
フロレスは鈍っている頭を振り付け、どうにかして意識を澄ませようと己を叱咤する。
（しっかりするのだ！
このような海戦場の真っ只中で居眠りをしている場合か？
それより、味方艦隊の状況は、一体、どうなっている…？！）
ふとした瞬間にも閉じそうになる重い瞼をこじあけ、無理矢理に碧眼を凝らしながら、周囲の戦況を探ろうと試みる。
だが、彼の位置からは、硝煙や炎の中で響き渡る砲撃音が聞き取れるばかりで、戦況を掴むことは不可能だった。
一方、フロレスたちが救出されたボートをスペイン軍艦上から目で追い続けていたロペス艦長が、堪りかねたように大きく身を乗り出した。
そして、まだボートとの距離があるにもかかわらず、周囲の爆音さえ凌駕せんばかりの大音声を張り上げる。
「フロレス殿！！
ご無事ですか？！
フロレス殿――！！」
波間に漂うボートの中で負傷兵を抱えながら半ば放心しているフロレスの姿を視認すると、ロペスは体ごと背後の水兵を振り向いた。
「ぼやぼやするな！！
掌帆長へ伝えろ！
すぐにあのボートを鉤錨で引き付けさせるんだ！！」
「アイ、艦長！！」
ロペスの強い語気と剣幕に押された水兵が、脱兎の如く走り去る。
他方、手びさしをしながら周囲を見晴らしつつ、ロペスは誰にともなく厳しい声でひとりごちた。
「さあ、さっさと引き上げんと、この艦も、すぐにまた戦闘に巻き込まれるぞ…！」
互いの艦隊が交し合う激しい砲撃のために煙幕が張られたかのような視界の悪さが、ボートを救出するのに、今はむしろありがたかった。
ここまでボートを庇護していた小型巡洋艦と入れ替わるようにして、ロペスの大型戦列艦が敏速に接近し、鉤錨と鉤棹によってフロレスたちのボートを巧みに引き寄せる。
と同時に、数人のスペイン水兵たちが一斉にボートに飛び移り、中の者たちを引き上げようと手を差し伸べた。
「フロレス様、ご無事ですか！
さあ、艦上へ！！」
「ああ、わたしは大事ない。
それより、他の者たちを頼む。
負傷した者たちに手を貸してくれ」
そう答えて彼らの肩に負傷兵の身を委ねると、自らは海水の滴る重い体に鞭打って、縄梯子を頼りに艦上に這い上がっていく。
戦列艦の高い甲板に戻ってみると、いつしか真上に昇った太陽から射し込む光が、いっそうきつく身にこたえた。
フロレスは、くらつく頭を押さえながら、周囲に注意を走らせる。
己を拾い上げてくれたこの艦は、己を救出するために、戦列――と言っても既に完全に分断されていたが――を離脱してきているためか、この瞬間は、敵艦の砲撃の的になってはいなかった。
視界が悪すぎて定かなことは言えないが、恐らく、分断されたスペイン艦隊の各艦は、英国艦隊の思惑通りに乱戦に持ち込まれ、一対一の一騎打ちを強いられているのであろう。
スペイン側の戦列艦8隻対英国側の戦列艦6隻という、数だけは僅かに勝るスペイン艦隊であったが、艦対艦の個々の決戦に持ち込まれてしまえば、戦艦自体の性能も人的な戦闘能力も優れている英国艦隊側に有利な展開を許してしまうことになる。
そうした敵将ジョンストンの目論見通りに戦況が進んでいることに臍（ほぞ）を噛みながら、フロレスは塩だらけの顔を手の甲で拭った。
（このような状況下に追い込まれた我らの艦隊が、果たして、何隻、生き残ってくれているものか…）
爆煙や硝煙によって幔幕を張り巡らされたかのような海上にいくら目を凝らそうとも、それを把握することは困難であった。
そして、そのことは、同時に英国艦隊側の状況に対しても言えることで、味方艦隊が敵勢に対して幾ばくかでも戦果を上げることができているのか、それを把握することもまた至難であった。
しかし、少なくとも、先のフロレス艦の攻撃により、英国側の戦列艦1隻は完全に戦闘不能になっており、もう1隻の敵の戦列艦も多大な損傷を被り、ただちには戦闘に加わることはできずにいるはずである。
（ならば、今、英国艦隊で戦闘に参加している戦列艦は、多くても4隻のみのはず。
対するスペイン艦隊側が何隻健在なのかはまだ分からぬが、いずれにしろ、英国艦隊側の戦列艦4隻は、まだ健在なスペイン艦との決戦に回っていて、戦列を離れているこの艦には手を回せずにいるらしい）
朦朧とした頭でもできる程度の算数計算を行いながら、今現在、己が乗艦している艦が砲撃の的となっていない理由をフロレスは推し量った。
だが、ならばなおのこと、すぐにでも、当艦も戦線の只中に舞い戻り、味方の僚艦たちの援護や敵艦との交戦に全力を注がねばならない。
敵の集中砲火を受けていた味方旗艦の状況も、非常に案じられる。
（とはいえ、そもそも、この艦は、まだ戦える余力をどれほど残しているのか…？）
拳を額にきつく押し当て、鈍っている頭を焚き付けながら、己が乗艦しているこの艦について把握しようと、今度は素早く艦内を見渡した。
大破した自艦を敵旗艦への火船攻撃に用いてしまったフロレスにとって、今、乗艦しているこの艦は、殆ど馴染みのない場所である。
（確か、この艦はエドゥ艦長が指揮していたはず。
エドゥ艦長は、どこにいるのだ？）
またも込み上げる疲労感のために頭が垂れそうになるのを堪えながら、その艦上の様子を掴もうと辺りに視線を馳せていく。
そんなフロレスの目に、この戦列艦もまた、既にかなりの被害を被っているさまが生々しく映っていく。
特に損傷の激しい砲列甲板の一部は、敵弾によって舷側がもろに破壊されており、そこに備えられていたはずの大砲さえも、甲板上に弾き飛ばされていた。
辺りには飛散した血痕が渇いて染み込み、赤黒く板張りを染めている。
しかも、甲板上に横転した重々しい大砲が、艦の動きや傾きに伴ってゴロゴロと転がり回り、人も物も区別無く押し潰して、敵弾よりもさらに危険な凶器と化していた。
その凶暴な転がりを阻止し、何とかして固縛しようと、数名の屈強な水兵たちが罵声と共に猛然と大砲と取っ組み合っている。
そのような傷つき混乱した艦上を見渡しながら、フロレスは、血の滲む手の平をギュッと握り締めた。
今は一時的に敵の攻撃を逃れてはいるものの、また戦線に復帰して敵の猛攻に晒されれば、果たして、当艦はいつまで持ち堪えてくれるものか、甚だこころもとない心境であった。
（この艦も、このままでは時間の問題だ）
フロレスは軍服の袖口で目の汗を拭って、それから、咄嗟にウッと顔をしかめる。
衣服に染みた海水が乾いて吹きだした塩が、ただでさえ充血した目の中に擦り込まれ、不覚にも涙が溢れ出た。
滲んだ視界の中を、その時、見覚えのある厳ついシルエットが、こちらに向かって突進してくるさまがボンヤリと、だが、勢い良く、目に飛び込んできた。
フロレスは瞳を凝らし、それからハッと瞼を瞬かせる。
それは、今は失われてしまったフロレス艦で、フロレス麾下の艦長を務めていたロペスであった。
己の方へ大股で甲板を突っ切ってくるロペス艦長の姿は、煤と血とタールまみれではあったが、その頑とした屈強な表情には、まだ豊かな覇気が漲っている。
「フロレス殿！
ご無事のご帰還、お待ちしておりましたぞ！！」
聞き慣れたあの大音声が辺りに響き渡り、と同時に、ロペスの逞しい手がサッと上がって力強い敬礼を払った。
「ロペス艦長！
あなたもこの艦に乗艦していたのか」
額に手を触れて敬礼を返すフロレスもまた、大きく表情を明るませる。
「その詳しい経緯は後ほど。
それよりも、さあ、フロレス殿。
まずは、これで気付けしてください！」
そう言って、巌のような手に持ったカップを、フロレスの目の前に勢い良く突き出した。
真水で割ってあるとはいえ、気前良くなみなみと注がれたラム酒の芳香が、ツンと、鼻を突く。
いきなりのことに面食らいながらも、フロレスの手は無意識にそちらに伸びていた。
そして、はからずも微笑を漏らす。
「これは、ありがたい」
疲労もさることながら、喉の渇きも尋常ならざる状態だったのだ。
彼は遠慮なくラムを受け取ると、それを一気に喉に流し込む。
炎の塊を呑み下したかのように、口中から喉元、胃の腑まで、熱い感覚が突き抜けていく。
「うまいな」
しみじみと呟くフロレスの横顔には、僅かずつながらも生気が蘇ってきているように見える。
その様子を見守りながら、ロペスも目元を緩ませた。
「フロレス殿と一緒に火船攻撃に挑んだ命知らずの者どもにも、それから負傷兵たちにも、ラムを回しときましたよ。
この艦も沈んじまったら、どうせ酒も何も一緒に沈んじまうんですしね。
それなら、早いうちに平らげてしまうに限るってもんです」
そう言って角ばった肩を竦め、煤だらけの強面をニヤリとさせたロペスに、フロレスも思わずつられて笑みを浮かべた。
「おい、皆をあまり酔わせないでくれよ」
実際、乗員が泥酔したまま敵の真っ只中に突っ込もうものなら、下手な冗談にもならぬ醜態である。
が、その辺の戦艦乗りの風習や節度については、眼前のロペスの方が己などよりもよほどわきまえていることだろう。
そんなフロレスの思いをよそに、ロペスは「まあね」と鼻息を荒げて語を継いだ。
「でも、ついでに、これも皆に支給しておきましたぜ。
フロレス殿もいかがです？」
言うが早いか、ロペスは勢い良く懐に手を突っ込んで、今度は嵩張った別の何かを掴み出した。
屈強でゴツゴツしい体躯に似合わず、手品師のような巧みな手さばきで相手が広げてみせたものを見下ろし、フロレスはいよいよ目を丸くした。
「コカではないか！
このようなものまで持ってきたのか」
「さあ、どうぞ遠慮せずに」
コカの葉を盛った手の平を差し出すロペスに、フロレスは観念したように肩を竦めた。
初夏の陽光に、渇きかけた肩章の金モールがキラリと煌く。
「ロペス艦長、あなたという人は…。
これでは逆に気分が昂ぶりすぎて、戦闘どころではなくなりそうだ。
――だが、ありがとう」
フロレスは、ロペスの手からたっぷりの葉を受け取ると、それを勢いよく頬張って、むさぼるように噛みだした。
その様子に、普段通りに振舞ってはいても実は酷く消耗しているのだと察せられて、ロペスは黙って目を反らす。
他方、フロレスは、己の身内に少しずつ力が蘇ってくるのを感じながら、改めて周囲の戦闘状況に意識を張り巡らせた。
彼は、舷側の手すりから身を乗り出して耳を澄ませていたが、やがて眉根に深い皴を寄せる。
今まで引きも切らさず続いていた砲声の木霊が、次第に鎮まってきているのだ。
「英国艦隊の砲撃音が、おさまってきている。
恐らく、向こうも、この砲煙の中、状況を掴みづらくなっているのであろう。
よもや彼らは勝利を確信し、砲撃の手を暫し緩めて視界を晴らせ、現況をしっかり目視しようとの腹積りかもしれぬ。
ならば、我々も、この機に戦況を正確に見極めねばなるまい。
今のままでは、一体、味方の艦船が何隻生き延びているのかさえ掴むことができない」
フロレスの言葉に、ロペス艦長は僅かに沈黙した後、またおもむろに口を開いた。
「フロレス殿、申し遅れましたが、この艦を指揮していたエドゥ艦長も、英国艦隊の冒頭の攻撃でやられました」
ロペスの相変わらず太く、しかし、今は低く沈んだ声に、フロレスはハッと振り向いた。
「エドゥ艦長が？
負傷は重症なのか？」
サッと顔を俯かせて、ロペスが重々しく首を振る。
「英国艦隊の強烈な斉射が当艦の大砲まで弾き飛ばし、甲板で砲撃指揮を執っていたエドゥ艦長は、その下敷きに」
「――！」
フロレスの脳裏に、先ほど目の当たりにした、舷側の無残な破壊跡や横転した大砲が蘇る。
そして、板張りに張り付いた赤黒い数々の血痕。
「そうであったか……」
フロレスは悲痛な色を宿した瞳を微動させていたが、やがて苦しげに目を伏せた。
その脇で、ロペス艦長も甲板の床板に視線を落とす。
が、ほどなく振り切るように顔を上げ、決然と双瞼を見開いて相手に正対した。
「よって、今は、このロペスが当艦の艦長を代行しておりますが、実際のこの艦の指揮権は、スペイン艦隊副指揮官のあなたにあります。
当艦とて、ベルナルド艦長の旗艦やあなたが乗艦されていた70門艦と同等レベルの僚艦。
既にかなり破壊されてはおりますが、まだ戦う余力は残っておりましょう。
フロレス殿、我々にご命令を！！」
二人が言葉を交わしている間にも、海戦場を厚く覆っていた砲煙が、次第に引いて晴れていく。
その薄くなってきた煙を透かしておぼろげながら、周囲に散在する戦列艦たちの霞んだ艦姿が浮かび上がってきた。
「……！！」
声にならぬ呻きを上げて、フロレスの喉元がピクリと引きつる。
先刻まで堅固な縦列隊形を為していた英国艦隊の各戦列艦は、狙い通りスペイン艦隊の抵抗を封じたまま乱戦に持ち込み、今は海上の随所に拡散して、スペイン艦隊の各艦と個別に一騎打ちのごとき様相を呈していたのだった。
とはいえ、初弾から猛烈に攻め上げてきた英国艦隊の攻撃によって、スペイン艦隊の各艦はいずれも既に著しく弱体化されており、もはや、まともな戦いになってはいなかった。
いずれのスペイン艦の抵抗も弱々しく、それをジワジワと追い詰めながら、最後の抵抗さえも封じようと迫りゆく英国艦隊。
その姿は、弱りきった獲物が自ら力を出し切ってこときれるのを待ち侘びる、冷徹な猛獣さながらであった。
もしやとは思っていたが、予想通りの悲惨な光景を前に、フロレスは碧眼を剥いたまま、手すりをきつく握り締めずにはいられない。
真昼の強い日照りに晒されて、鉄製の手すりは焼け付くような高熱を帯びている。
しかし、その熱ささえ、今の彼には全く感じられなかった。
まだ疲労も回復しきってはいないはずなのに、眼前で展開する戦況への衝撃のために、憔悴感さえも、どこかに飛散してしまったかのような感覚だ。
そしてまた、隣で厳めしい肩を並べたロペス艦長も、愕然と目を見張っている。
「何ということだ…！
味方の艦は、もう殆ど全滅ではないか……！！」
搾り出すように呻くロペスの脇で、フロレスも険しい目元をわななかせながら、その悪夢さながらの光景に向かって低く唸る。
「英国艦隊が砲撃の手を緩めたのは、戦況を目視したいからなどと、そのような生ぬるい事情ではなかったようだ。
我らスペイン艦隊を降伏に追い込むのに、これ以上の砲撃は、よもや必要なし、との判断であろう。
もはや砲撃もいらぬほどに弱体化した相手に余計な弾を撃ち込んで、砲弾の無駄遣いなぞしたくない、とな」
ひどく苦々しい声を漏らすフロレスの横顔に、ロペスの目が吸い寄せられた。
その視線に苦渋の表情で応えて、フロレスがさらに早口で続けていく。
「ジョンストン提督は、我らを打ち負かした後の戦いを既に見据えているのだ。
この艦が沈んだら酒も一緒に沈んでしまう――と、さっき、あなたは言っていたな。
だが、恐らく、あのジョンストンは、我らの艦隊を海底に沈めてしまう気はなさそうだ」
「ということは、つまり…」
ロペスの声が上擦っている。
重々しく頷きながら、フロレスは口惜しげに奥歯を噛み締めた。
平素は優美な面差しを宿すその輪郭も、今はすっかり煤けて黒ずんでいる。
「ロペス艦長、そなたの察している通り、ジョンストンは、我が艦隊を沈めてしまう代わりに、一隻でも多くのスペイン艦を拿捕（だほ：軍艦などが外国の一定の船舶を支配下におくこと）し、英国軍の戦力として使い回したいと狙っているのだ」
「ぐ……！」
「陸岸で待ちかまえる我が軍やインカ軍を撃破するために、英国側には、今より多くの戦力が必要なはず。
そのような彼らにとって、捕捉した我が艦隊は、恰好の予備戦力になり得るのだ。
各スペイン艦を拿捕して士官を捕虜とし、代わりに英国側の士官を乗り込ませて、スペイン水兵たちを脅すなり力づくなりで働かせれば、英国側の艦船として大いに活用できるのだからな」
（註☆イラストは、ウィキペディア（Wikipedia）よりお借りした、アルマダ海戦における「イングランド沿岸を航行する無敵艦隊」です。）
渺々（びょうびょう）たる水の広がりを見やりながら、フロレスが凍てついた声でさらに語を継いだ。
「ジョンストン提督は、陸岸に攻め寄せた時の戦いに、早々に思考を切り替えている」
「つまりは、この海戦の英国艦隊の勝利を確信して…！」
「そうだ。
だから、ジョンストンたちは、次の戦いの相手にも優位に立てるよう、彼らの砲弾の確保はもとより、我がスペイン艦隊の艦船をできるだけ損傷の少ない状態で捕捉したいと願っているのだ。
さすれば、いざ英国軍の戦力として使い回す時に、修繕の手間も省け、持てる攻撃力も最大限に発揮させることができる」
ロペスは鼻腔を膨らませて、太々とした眉をぐっと上げた。
「ですが、実際には、もうかなりの損傷を我が艦隊は被っているではないですか！」
「とはいえ、少なくとも、我らを撃沈させたり、帆や舵まで失わせて帆走能力まで奪うようなことはしていない」
「し、しかし…！」
「もし首尾よく我が軍の艦船の損傷を最低限に押さえて拿捕し、士官や水兵を捕虜とし、このスペイン艦隊を丸ごと彼らの戦力に変えられれば、英国艦隊の規模は今の倍増しになる。
どれほど強力な艦隊でも、陸に築かれた砦を陥落させるのは容易ではない。
だが、10艦近くに及ぶ70門級の戦列艦が、多数の巡洋艦を従えて陸岸に押し寄せれば、いかに強壮な装備を誇る我らスペイン軍の砦とはいえ、英国艦隊は手強い相手となることは必定だ」
「くそっ……！！
ジョンストンのやつ！！
胸くそ悪くなる！」
痛恨の念と憤怒に駆られて手すりに荒々しく拳を打ちつけたロペスの脇で、戦況を正確に探ろうと目を凝らしていたフロレスの体が、ギクリ、と硬直した。
さらなる嫌な予感に顔を上げたロペスの瞳に、愕然と打ちのめされた表情で遥か前方に釘付けられているフロレスの姿が映る。
すかさず、ロペスも、相手の視線の先に顔を振り向けた。
いっそう硝煙が晴れて開けゆく視界の遥か先に、スペイン艦隊総指揮官ベルナルドの乗艦する旗艦のシルエットが、その窮状も生々しく、浮かび上がってきていたのだった。
傷つき弱りきった様子が、おぼろなシルエットにもかかわらず、ありありと見て取れる。
しかも、そのベルナルドのスペイン艦隊旗艦は、英国艦隊のいかにも強靭そうな戦列艦の一隻に、今、まさに拿捕されんとしているところだった。
声を出そうにも、フロレスの喉はヒクついて詰まり、すぐには言葉にならない。
スペイン艦隊旗艦を救うために、先刻、己の艦を失うまで――のみならず、多くの尊い兵の命さえ犠牲にして、盾となって戦い続けたことも、全てが水泡に帰す思いであった。
途端に、忘れかけていた疲労が一気にどっとぶりかえし、激しい倦怠感に襲われる。
握り締めた両の手の平には、不快な汗と血がグッショリと滲みだしていた。
そしてまた、このフロレスとロペスのみならず、彼らの周囲で同様に目を凝らしていた乗員の誰もが、皆、強い衝撃に慄然と固まっていたのだった。
そのような彼らの衝撃をよそに、視線の先では、英国艦がつまぐるように距離を縮めながら、スペイン艦隊旗艦にいっそう迫り行く。
それに対して、既に力を奪われたスペイン艦隊旗艦は、もはや為す術を持たぬ窮地に追い込まれている。
それでも必死に弱々しい砲撃を続けて反撃を試みてはいるが、英国艦はそれを嘲笑うかのように悠然と、まるで獲物を追い詰めた狩人の如く、隙無く、着実に、ますます距離を詰めていく。
「ああ、もう、あの艦はおしまいだ！！」
フロレスの背後で、水兵の一人が悲痛な声で叫んだ。
それに呼応して、他の水兵も、荒々しく腕を振り回しながら、憤怒と悲嘆のない混ぜになった蛮声で叫ぶ。
「見ろ！！
奴ら、俺らの旗艦に斬り込み隊を送り込んで、とどめを刺すつもりだぞ！！」
その刹那、それら水兵たちの言葉を裏付けるかのように、英国艦はスペイン艦隊旗艦に寄り付くと、その巨大な船体を勢い良く旗艦の舷側に横付けした。
と見るや、多数の英国艦の水兵や海兵隊員たちが、捕えたてのスペイン艦隊旗艦の甲板へ、ドッ、と飛び移っていく。
そのさまが、陽光に反射する無数の斬り込み刀の閃きによって、遠目からもはっきりと見て取れた。
距離を隔てた場所で起こっていることにもかかわらず、スペイン艦隊旗艦に侵入していく敵の凶猛な鬨の声や味方の悲鳴までもが耳に届いてくるようで、拳を握り締めたフロレスの指に激しく力がこもる。
「ロペス艦長！！
即刻、この艦をあれへ！
すぐに旗艦の援護に向かう！！」
フロレスの鬼気迫る声に、ロペスもすぐに操帆指示のために身を翻した。
と同時に、甲板の随所で呼び子が甲高く鳴り響き、その号笛の中、水兵たちが蜘蛛の子を散らしたように各人の持ち場へ向かって走り出す。
先の火船攻撃でフロレスと共に命運を共にした、あの老練の航海長も同じ艦上にいて、大きく舵を切ろうと奮戦する若い操舵手たちに力を貸そうと気張っている。
（だが、どんなに急ごうとも、既にあの状況では、旗艦が敵の手に落ちるまでには間に合うまい……！）
フロレスも、ロペスも、彼らの艦上の誰もが、その思いを押し止めることはできなかった。
その上、あの瀕死の旗艦の元に参じることは、手ぐすね引いて待ち構える優位な敵の懐に、敢えて自ら飛び込んでいくにも等しい。
しかし、それでも、旗艦の救出に向かわずにはいられなかったのだ。
帆を張り増して急行するフロレス艦が海面を割って進み、その艦側を流れる青波がドウドウと轟音を上げて背後に去っていく。
最新鋭の英国艦に比して、旧式で重々しい手負いのスペイン艦ではあったが、憑かれたように捨て身で外洋を切り進む彼らの艦は、今ばかりは、何かの野獣のように力強くしなやかな身ごなしであった。
（註☆イラストは、ウィキペディア（Wikipedia）よりお借りした、スペイン無敵艦隊のガレアス船です。）
だが、こうしてフロレスたちがスペイン艦隊旗艦救出に向かう進路を驀進している間にも、当の旗艦上では、その艦を占領せんと乗り移りくる英国水兵や海兵隊員たちを阻むことができず、血生臭い白兵戦に突入していた。
続々と押し寄せる人波の中で、乱闘する人影の間から鋼（はがね）の打ち合う音が鳴り響き、その間合いを縫うようにして鋭い銃声が弾け飛ぶ。
その怒涛の混乱の中、自艦を護ろうと、スペイン艦隊旗艦の乗組員たちも、持てる最後の力を振り絞って必死の抵抗を続けていた。
敵味方入り乱れながら、互いの白刀が激しく絡み合い、受けかわし、また斬り結ぶ。
しかし、切りが無く乱入してくる敵軍によって旗艦の甲板はますます溢れかえり、敵兵たちの大波に呑まれていく。
しかも、これまでに晒されてきた敵の猛攻によって、旗艦上の多くのスペイン兵が既に負傷、あるいは亡くなっており、まだ自由に動ける者も消耗が甚だしく、白兵戦においても、たちまち敵軍に押し切られていった。
かくして、フロレスたちが援護に向かう途上にある最中にも、早くも英国軍はスペイン艦隊旗艦を制圧し、その旗艦を自軍のものとしてしまったのである。
そして、このスペイン艦隊旗艦を拿捕した英国艦の艦長は、ジョンストン提督に次ぐ英国艦隊副指揮官、パリアであった。
今、パリアは、己の前に悄然と跪いているベルナルド旗艦艦長を、灰色の双瞼で冷徹に見下ろしている。
ベルナルドは、降伏のしるしに己の剣をパリアに捧げながら、乱れた髪に覆われた頭をグッタリと垂れていた。
はなから英国艦隊に強度の恐れを為していた彼ではあったが、敵に浴びせられ続けた砲火の中で、あるいは斬り込み隊を相手にした肉薄戦の中で、艦隊総指揮官としての本分を幾らかでも果たそうとしたのであろうか。
今、脱力したその身に纏った軍服は黒ずんで擦り切れ、その肌にも随所に血斑や傷跡が生々しく見て取れる。
他方、パリアは、相手の差し出した剣を奪い取ると、勝利者の権威を見せつけるかのようにして、まだ鮮血の滴る白刀はもとより、彫刻された意匠、紋章、飾り付けまでとくと眺めた。
それから、俯いて表情の見えぬベルナルドの横面を、その剣でヒタヒタと叩く。
ギクリ、と身を縮めるベルナルドを、パリアは冷ややかな目で睥睨した。
「おまえがスペイン艦隊総指揮官ベルナルドか？」
「はっ…」
ひどくビクつきながら、俯いたベルナルドが力無く答える。
「顔を上げろ」
パリアの硬く抑揚の無い声が、ベルナルドの耳元で響いた。
またギクッと体を強張らせてから、ベルナルドが、やつれきって萎びた顔を僅かに上げる。
その煤けた喉元に奪いたての剣先を突きつけるパリアの眼が、侮蔑的な光を強めた。
「もう少しまともな戦いになると期待していたのだが。
残念ながら、まるで手応えが感じられなかった。
まさか、ここまで弱小とは」
「な…っ」
「かつてのアルマダ（スペイン無敵艦隊）の威光も地に落ちたものだ。
艦隊総指揮官として、せいぜい己の恥を知ることだな」
「……！！」
赤黒い血の滲んだ唇を引きつらせて、ベルナルドが声にならぬ言葉を放とうとした。
が、そのような素振りなど無視して、パリアが傍の部下に向かって顎をしゃくり上げる。
「この者を縛り上げ、最下層の船倉に閉じ込めておけ。
当艦の他のスペイン士官もだ」
そう言い置くと、屈辱にぶるぶると身を震わせているベルナルドに、氷のような最後の一瞥を投げ、あとは見向きもせずにツカツカとその場を離れ去った。
パリアは捕獲したてのスペイン艦隊旗艦の中を歩み進みながら、艦内を入念に吟味していく。
「敵の旗艦だけあって、こうして乗り込んでみれば、見た目ほど悪い艦ではなさそうだ」
硬質な声音で淡々と語るパリアに、横を歩んでいた副長が「はっ」と相槌を打つ。
「ですが、パリア艦長、いかにも一時代前の古めかしい艦ですな。
全体がぼってりと重々しく、これでは、たいした速力も期待できますまい」
「だが、その分、造りは頑健だ。
我らからあれほどの砲火を浴びながら、戦列艦としての原型も、その機能も、そこそこ保たれている」
パリアは舷側のガッチリとしたオーク材に指を触れた。
つられて副長も、その船材に拳を押し当てる。
「ええ、それは確かに」
「その上、70門の大砲も多くはまだ健在。
この艦もだが、スペイン艦を喩えるなら、さしずめ重い鎧を纏った老騎士、といったところか。
敏速で華々しい活躍は一向に期待できぬが、いずれにしろ拿捕船だ――敵の矢面に立たせようが、味方の盾としようが、使い勝手は色々とあろう。
我が艦隊の戦力として活用できる余地は十分に残されている」
そう語を継ぎながらも、パリアは、余念無く、被弾して破壊された甲板をさらに見渡していく。
「すぐにこの艦の損傷箇所を調べ、報告せよ。
このスペイン艦の船匠（ふなだいく）に命じて、即刻、損傷箇所を修復させるのだ」
「はっ！」
「それから、我が艦の技師と船匠もこちらに移乗させ、修復に加わらせるのがよかろう。
一刻も早く、この艦も戦力として使えるようにせねばならん。
それから、我が艦の士官も数名、この艦に移乗させ、スペイン水兵たちを厳しく監督させるように」
「アイ・サー！！」
副長たちが額に触れて、パリアに力強い敬礼を払った。
そんな部下たちに向かって顎を引くと、パリアは鋼鉄色の髪を吹き流し、マストの高みを振り仰いだ。
「まずは、あれらの旗を引き降ろせ！！
そして、我らが英国旗を掲げよ！！
提督も、あそこに英国旗の翻る姿を待ち侘びておられよう！！」
遥かな高みで宙を舞うスペイン国旗と戦隊司令官旗を射るように指し差したパリアの命令が、艦上に厳然と響き渡る。
その一声に、パリア配下の乗組員たちから、ドッ、と猛々しい歓呼の雄叫びが沸き上がった。
一方、彼らの旗艦を援護せんと急行中だったフロレスたちの艦上では、誰もが愕然と表情を強張らせていた。
旗艦のマストの高みに英国旗が揚がっていくさまを目の当たりにして、皆、言葉を失って立ち尽くしている。
その長い息詰まる沈黙の後、やがてロペス艦長が苦しげに呻いた。
「旗艦が敵の手に落ちた……！
捕獲した敵艦は、恐らく、英国艦隊副指揮官パリアの艦だ。
かなりの冷酷無比な人物との噂だが、艦長としての手腕の高さも知られている。
ベルナルド艦長や旗艦の者たちが、今頃、どんな思いをしているか…。
いや、そもそも、敵にあれほどの猛攻を受け、死傷を免れた者がどれだけいるのか……」
ロペスの声は、平素の大音声が嘘のように、低く沈んで擦れている。
そんなロペスの言葉に、皆の心は、いっそう冷え冷えと凍りついた。
しかし、こうしてフロレス艦の乗員たちが旗艦の陥落に打ちひしがれている間にも、旗艦のみならず、海戦場の方々のスペイン艦の高みに、一つ、また一つと、英国旗が揚がっていく。
「ああ…！！
あっちの艦も…！」
「向こうもだ！！」
水兵たちの苦悶の叫びが上がる中、重苦しく絶望的な空気が、いよいよ艦上を呑み込んでいく。
その甲板で、不意に、気を凝らしたフロレスの声が、唸るように聞こえてきた。
「――だが、このままでは終わらせん…！」
碧眼を剥いて、遠い旗艦の高みで翻る英国旗を睨み据えたまま言うフロレスを、周囲の者たちがハッと振り向いた。
そのような辺りの者たちへ、フロレスが、厳めしい表情で一歩踏み出した。
そして、ロペス艦長を筆頭に、当艦の士官たちをはじめ、水兵たちや海兵隊員たちまでをも、決意を宿した強い眼差しで眺め渡す。
「もはや我らスペイン艦隊に、勝機は望めぬかもしれぬ。
だが、我らの乗艦しているこの艦は、まだ戦う力を有している。
ならば、最後まで戦い抜いて、敵艦を一隻でも多く打ち破ろうではないか！
さすれば、それだけ敵の戦力を削り取れ、陸岸で敵艦隊を迎え撃つ我が陸軍部隊の負担を軽減することができる」
冷徹な抑えた口調で、噛み含めるように言うフロレスの声には、かえって不気味な凄みが宿っていた。
しかし、周りの者たちは、即座には、彼の言葉に頷くことはできずにいる。
一切勝ち目の無い敵勢に立ち向かい、共に玉砕しようと、そうフロレスから言われているにも等しい思いであったのだ。
――祖国のために戦って、ここで名誉の戦死を遂げるのか……？
それ以外に道は無いのか…？
勝機を完全に失っている今となっては、一旦退却することも、重要な選択肢の一つではないのか？
言葉に詰まってグッと息を殺す周囲の者たちへ、フロレスが、また一歩踏み出した。
彼は鋭くなった眼光をさらに険しくさせて、次第に力を込めて語り出す。
「我らの艦隊がこのような状態になった以上、もはや道は限られている。
最後まで戦って本分を尽くすか、ここで戦いを放棄して敵の配下にくだるか、そのどちらかだ」
退却への望みを捨てきれぬ艦上の窮迫した空気を読みながら、フロレスは重々しく首を振った。
「我々は、もう逃げることもできない。
よもや退却の道は断たれている。
あの脚の速いジョンストンの艦隊からは、どう足掻こうが、我らが逃げ切れる術はない」
残酷なほどのフロレスの言葉に、艦上は、いよいよ重圧感に押し潰されそうに静まり返っている。
己の一言一言が仲間の兵たちに与える打撃を痛々しく感じ取りながらも、フロレスは、心を鬼にして、さらに続けていく。
「皆、よく思い出してくれ。
重要なのは、我らスペイン艦隊が勝利することではなく、最終的に英国艦隊をこの地から撤退させることであることを。
たとえ我らはそのための捨て石となろうとも、最後の力が尽きるまで、英国艦隊を一隻でも多く撃破することに尽力するべきではないのか？
それこそ、残された我らの使命であろう！！」
フロレスのその言葉が終わるか否かという時、マストの高みから、檣頭（しょうとう：マストの頂き）の見張り員の大声が降ってきた。
「おおい、甲板！！
敵艦の一隻が大きく回頭！！
こちらに向かってきまーす！！」
息を呑む甲板上のフロレスたちの耳に、見張り員の緊張を増した声が降り注いでくる。
「あ…あれは英国艦隊旗艦です！！
ジョンストンの提督旗を掲げていまーす！！」
甲板上にさらに張り詰めた緊迫感が走った。
残された獲物を敵将ジョンストンが自ら狩りに来たのだ――！！
その戦慄が、フロレス艦の乗員の間を隅々まで駆け抜けていく。
フロレスは生唾を飲みくだし、何かの答えを探し求めるかのように、腰に佩かせたサーベルの柄に指先を走らせた。
使い込んだ柄を握り締め、そのまま鞘からサーベルを数センチ引き抜いてみる。
すると、天頂から差し込む陽光を受けて刀身が眩い閃光を放ち、それを反射して、フロレス自身の双瞼も、カッ、と激しく燃え立った。
彼はパシリと刀を納める。
そして、サーベルに落としていた視線を、迫り来るジョンストン艦に向けて真っ直ぐ上げた。
「提督が自らお出ましとは、我らにとっては、むしろ好都合なことではないか！
英国艦隊旗艦を打ち破ることができれば、他の敵艦を何隻も撃破したに等しい打撃を敵軍に与えることができよう！！」
猛々しく味方を鼓舞するその瞬間も、彼の頭は目まぐるしく打つ手を考え続ける。
その顔を今度は厳しくさせて、周囲を一渡り見渡し、さらにフロレスが言い放った。
「このまま大人しくジョンストンに囚われれば、我ら全員とも捕虜とされて、あの者どもの手足となって味方の砦に攻撃を加えさせられることであろう。
あるいは、最後まで敵に屈することなく、かつて世界の海の覇者と謳われたスペイン艦隊の真の力を見せつけてやることもできよう！
我らに残された道は、二つに一つ。
さあ、どうする？
わたしは、そなたたちと、最後まで、スペイン艦隊らしく戦い抜きたい！！」
フロレスの言葉に、乗員たちは、青くなったり赤くなったりしながら、どよめいている。
その間にも、こちらに向かい来る敵旗艦の威容は、ますます大きくなってくる。
その時、乗員たちのどよめきを凌駕して、突如、ロペス艦長の野太い声が轟然と響き渡った。
「見ろ、ジョンストンは、もう、すぐ目の前まで迫っている！！
こうなっては、四の五の言っている暇は一寸も無いぞ！！」
そう声を張りながら、ロペスが厳つい肩をさらに四角張らせて吠える。
「わたしは、フロレス殿と共に戦う！！
艦を奪われ、敵の捕虜とされて、奴隷のように鞭打たれながら同士討ちをさせられるなんて、まっぴらごめんだ！！」
そのロペスの猛々しい雄叫びに呼応するかのように、聞き覚えのある年季の入った太い声が大きく叫んだ。
「わしもだ！！
わしもこの艦で共に戦う！！
あんな海賊に毛の生えたような英国野郎どもに扱き使われて、味方と殺し合うなんて、そんな惨めったらしいざまあ、わしは絶対にごめん被る！
わしはそんなことのために、ここまで生き長らえてきたわけじゃねえぞ！！」
フロレスがハッと声の主の方を見やると、先の火船攻撃で己と命運を共にしたあの航海長が、深い年輪の刻まれた目元を炯々とさせて周囲を見渡している。
そんなフロレスの視線に気付くと、航海長は瞳で頷き、まるで何かの共犯者のように、ニッと、引き結んだ口端を上げた。
（航海長――）
フロレスの身内に熱いものが込み上げるうちにも、老練の航海長の雄叫びに焚き付けられた他の男の声が、「俺も！」と、どこからともなく湧き上がった。
そちらに視線を馳せれば、色鮮やかなスカーフを頭に巻きつけた大柄な砲手が一人、凛々しい眼光を利かせている。
と見るや、諸肌脱いだ別の水兵からも「俺もだ！」と声が上がり、それに連鎖して、「俺もだ！俺も戦う！！」と濁（だみ）声を張って叫び合う声が、たちまち大波のように艦上に広がっていく。
ロペス艦長が巌のような輪郭に勇壮な笑みを浮かべて、フロレスを見た。
「フロレス殿、そういうことです」
乗組員たちの覚悟を決した精悍な風貌を熱く見渡し、フロレスは腰のサーベルをスラリと抜き放った。
そのまま、それを頭上高く振り上げる。
蒼天から差し込む陽光が刀身を押し包み、目も眩むほどの鮮烈な黄金色の光を放った。
「誇り高き我らスペイン艦隊に栄光を！！」
フロレスの高らかな声に応じて、ドッ、と沸き返る乗員たちの歓声が艦上を埋め尽くし、今、艦そのものが、いざ戦わんかなの意気に燃えているかのようだった。
フロレスは全ての乗員に向けて額に拳を上げ、力強く敬礼を送る。
乗員たちも額に触れて、決然とそれに応えた。
戦意を取り戻した各人が持ち場へ駆け戻っていく姿を見届けると、フロレスは、ロペス艦長や航海長、士官たちを呼び寄せる。
そして、今一度、眼差しで真っ直ぐ頷き合ってから、再びフロレスが口火を切った。
「先刻も述べたとおり、英国艦隊の艦船を大破させようが、沈めようが、一向に構わぬ我らスペイン側とは違って、英国側は我らの艦を沈めぬよう慎重になるのは当然ながら、船体も過度に損なわせぬよう配慮しつつ、我らを降伏させ、捕獲しなければならない。
あのジョンストン率いる英国艦隊なら、本来であれば、我らスペイン艦隊なぞ、とっくに全艦を撃沈させていてもおかしくないものを、ここまで戦闘が長引いてきたのはそのためだ。
我らを弱小と侮っていたであろうが、それでもスペイン艦に致命傷を与えることなく手中におさめるのは、英国艦隊にも容易なことではないらしい。
それもこれも、あの男が、我らスペイン艦隊を、そっくりそのまま、戦力として使える状態で拿捕したいと、そのことに強くこだわっているためだ。
しかし、その英国艦隊側の狙いこそが、逆に見れば、彼らの弱点でもある。
そこで、あのジョンストンの艦を打ち破るための作戦だが――」
緊張と興奮に鼻腔を大きく膨らませているロペス艦長らを見据えたまま、フロレスは、彼らの艦の傍を伴走している味方の巡洋艦を指し示した。
「恐らく、これが、我らに残された最後のチャンスになるだろう。
だが、作戦を決行する前に、大至急、当艦に残されている負傷兵をあの艦に移したい。
艦長、すぐに手配を頼む！」
フロレス艦のまだ動ける者たちが負傷兵たちを味方の巡洋艦に大急ぎで移動させている間にも、ジョンストン艦の威風堂々たる艦姿は、さらに距離を詰めて迫り来る。
「急げえ！！
敵艦の射程距離に入る！！」
そう叫び合いながら最後の負傷兵を投げ込むように移動させたのとほぼ同時に、ジョンストン艦の強壮な艦首追撃砲が、ゴッ、と地鳴りのような恐ろしい音を上げて発射された。
その途端、足下で板張りが、ズンッ！！、と大きく跳ね上がる。
敵弾が、フロレス艦の艦首甲板中央部にもろに命中し、爆音と共に床板を突き破って大穴を空けたのだ。
鋭利な刃物と化して飛び散る無数の破砕物、そして、赤々と燃え上がる灼熱の炎。
真紅の花弁のような火の粉が、一斉に宙空に舞い上がった。
たちまち巨大な火炎の幔幕が高く張り上がる中、肺を焼くような煙に覆われゆく艦上を、スペイン水兵たちの悲鳴と罵声が渦巻いていく。
初弾から容赦無い怒涛の砲撃を受け、その激しい衝撃波に足をとられまいと踏ん張りながら、フロレスが火災の消火と迎撃を指示して甲板を走り抜けていく。
「砲撃準備！！
残りの者は、火を押し止めよ！！」
甲板から甲板へと命令を伝える号笛が甲高く鳴り響き、我に返った水兵たちが、それぞれの役割を遂行しようと歯を食い縛った。
大砲の前で身構える者、水桶を持って甲板を駆け回る者、誰もがいきり立った形相で、敵艦を、そして、ジョンストンを、思い切り毒づき罵っている。
火の粉を舞い上がらせて跳ね踊る火焔を消し止めようと、水兵たちが捨て身で炎の中に突っ走っていく。
だが、その間にも、さらに勢いを増して飛び込んでくる凶弾の数々。
粉砕されて弾け飛んだガラスの裂片が、反射的に身をかわしたロペス艦長の心臓ギリギリを掠め去っていった。
硝煙の中でフロレスとすれ違いざま、ロペスは思わず声を張らずにはいられない。
「敵の攻撃は、予想以上に凄まじいですぞ！
これまでの戦闘で、ただでさえ酷く傷ついている当艦に、これほどの容赦無い攻撃を加えてくるとは…！
ジョンストンの奴、本当に、この艦を破壊する気も、撃沈させる気もないんでしょうか？！」
甲板を馳せていたフロレスが、ロペスを俊敏に振り向いた。
「ジョンストンは、この艦を沈めはすまい！
とはいえ、我らを降伏に追い込むためには、手緩いこともしないはずだ。
冒頭から強烈な猛攻に出て、一気に相手を黙らせ、早々に勝敗を決する。
思い返せば、この海戦の幕開けもそうだった。
いきなりの有無を言わさぬ強行な突撃で我が艦隊の戦列を瞬時に突き崩し、たちまち乱戦に持ち込んだのだ。
どうやら、それが、あの男のやり口らしい。
しかし、我々が作戦を決行するためには、ここは何としても踏み止まらねばならない！！」
灼熱の爆煙と震動の中でビッと瞬間的な敬礼を払ったロペスに、猛々しい目元をさらに鋭くさせてフロレスが続ける。
「なれば、艦長、消火班をもっと増員しよう！
それから、こちらからも、ジョンストンに返礼の砲撃を見舞おうぞ！！」
「アイ・アイ・サー！！」
ロペスは力強く応じると、厳めしい大柄な体躯を機敏に動かし、水兵や砲手たちに向かって雄々しく吠え上げた。
「消火に回す者をもっと増やせ！！
怯むな！
砲撃班、砲撃用意！！
狙いつき次第、各個に撃てえ！！」
一方、当のフロレスは、砲弾の降り注ぐ上層甲板中央部に立ち、いよいよ目前に迫り来た敵旗艦を真っ直ぐに見据えている。
熱い爆風が彼の長いブロンドを幾度も宙に巻き上げた。
既に天頂を過ぎた午後の太陽が、潮と煤の降り積もった横顔に、ジリジリと照りつけてくる。
（いた…！
ジョンストン――）
今、間近に迫った敵旗艦の艦尾甲板に敵将ジョンストンの姿を認めると、フロレスは表情を険しくして腰に帯びたサーベルを握り締めた。
英国艦隊総指揮艦ジョンストン提督――壮年の貫禄と凛々しさを兼ね備えた風貌に、乱れを知らぬ英国海軍服をビシリと纏った、威風堂々たる立ち姿。
悠然と風に舞う大英帝国軍艦旗を背景にして、金モールの翻る肩章と青い軍服が、陽に透ける金髪に鮮やかに映えている。
時折、猛々しく腕を振るって彼の士官や英国水兵たちに何か号令を発しているのだが、その様子も厳然、且つ、沈着そのものである。
――この男には、かなわぬのでははいか……？！
フロレスの中に、そのような理屈を超えた思いが直観的に湧き上り、が、彼は即座にそれを振り払った。
押し寄せる様々な想念とフロレスが格闘している間にも、自艦は、敵旗艦に向けて決死の砲撃を続行している。
だが、ジョンストンは顔色ひとつ変えずに、ますます距離を詰めてくる。
今しも当艦に接舷し、斬り込み隊を送り込んで白兵戦を征し、この艦に残された戦力を丸ごと手中に収めようと、その算段を冷徹に推し量っているのであろう。
まるで、先刻、ジョンストンの副将パリアによって味方旗艦が討ち取られた時に目の当たりにした光景を、そのまま当艦が演じ直しているかのような、やりきれぬ感覚であった。
見えざる何者かの手に、胃袋を鷲掴みにされているかのような鈍痛が身内に走る。
その刹那、ビシュッ、と唸り音を上げて、粉砕された木片がフロレスの頬を切り裂いていった。
焼け付くような激痛と共に、傷口から生温かい鮮血が溢れ出す。
ハッと我に返り、荒々しく手の甲で血を拭いながら、フロレスは眉を吊り上げた。
（まだだ…！
まだ、屈するわけにはいかぬ！）
それとほぼ時を同じくして、ロペス艦長のドスのきいた大音声が耳奥まで貫き渡ってきた。
「フロレス殿！！
もう、あの者どもの接近を食い止めることはできません！！
奴ら、間もなく、この艦に接舷して、斬り込み隊を送り込んでくるつもりですぜ！！」
鬼気迫る顔つきで見据えるロペスの視界の中で、火明かりを受けて赤味を帯びたフロレスのブロンドが、爆風に煽られ炎のように舞っている。
フロレスは、顔から真紅の血を滴らせたまま、巨大さを増す敵の艦姿を振り仰いだ。
「もはや敵の侵入を阻止することは不可能だ。
打ち合わせ通り、数砲のみ偽装の砲撃を続行し、残りの全砲は直ちに砲撃を休止させてくれ」
「やはり、なさるんですな…！」
血走った眼で唇を舐めたロペスに、フロレスは峻厳な眼差しで頷いた。
「当艦は既に攻撃力を失ったと敵に見せかける。
我らを艦ごと拿捕したいジョンストンは、我らが戦う力を失ったと見れば、それ以上の無用な砲撃を続行してまで、船体をさらに破壊しようとは思わぬはず。
我らが弱ったと見れば、船体を損なう砲撃戦ではなく、先刻のパリアの如く白兵戦でとどめを刺そうとするだろう。
もう敵は目の前だが、さらに至近距離まで引き付けてから、賭けに出る。
ジョンストンが砲撃の手を緩め、接舷間際まで我々に艦を寄せてきた時こそ、反撃の絶好の機会となる。
それ故、敵艦が我らに接舷可能なほど迫り来るまでは、偽装砲撃用の僅かな大砲以外は砲門の陰にしっかり引き入れておくように。
接舷ギリギリまで敵を引き付けてから、不意打ちの一斉砲撃を見舞おうぞ！！」
「アイ・サー！！」
気合いを込めて返事をして、それから、ロペスが僅かに目を伏せた。
フロレスの狙う作戦の最終段階まで知っているロペス艦長にとっては、増してや既に先の火船攻撃で本来の自艦を失っている彼にとっては、戦意の昂ぶりのみならず、感傷的な思いが込み上げることもまた、禁じ得なかったのだ。
「――恐らく、それが、この艦の最後の砲撃になりますな」
「うむ」
微かに視線を落として返答するフロレスに、今度は毅然と顔を上げたロペスが、自身の分厚い胸板をバシリと勢い良く叩いてみせる。
「ならば、いっそのこと、ありったけの砲弾を込めて、この艦のフィナーレを華々しく飾ってやりましょうか！！
まだ全砲に二弾装てん（註：砲弾をダブルに装てんして破壊力を増すこと）する程度の砲弾は残っていますから！
そこまですれば、この艦も、もう思い残すことはないでしょう！！」
ロペスの言葉を聞きながら、まだ息づいている艦の存在を確認するかのように、フロレスは震動する板張りを踏み締めた。
「艦長の言う通りにしよう。
艦の気持ちは、やはり誰よりも艦長が分かっているのだな」
「ありがとうございます。
では、わたしは、即刻、総員に指示を！」
ロペスが踵を返すと同時に、フロレスが爆炎と日差しに燃える目を真っ直ぐ上げた。
「皆に伝えてくれ。
全砲に二弾装てんさせて最終砲撃のための砲手を各砲に残したら、他の者たちは全員、持ち場を離れて武器を取り白兵戦に備えよと！
敵を迎え撃つ！！」
フロレスの命令を待つまでもない勢いで、勇ましく武装したスペイン水兵たちが、ドッ、と甲板上に溢れ出してきた。
そして、斬り込み刀や、剣、斧などの各人の武器を身構えながら、迫り来るジョンストン艦に向かって、大きく歯を剥き出し、殺気立った獣のようにグルグルと唸り声を発している。
その間にも、いよいよ大接近してきたジョンストンの艦姿が、高い崖のように猛然とそそり立って見えてきた。
フロレスも、水兵たちも、無意識のうちに奥歯を噛み締め、聳え立つ敵艦をギリリと睨み上げる。
フロレスの予測通り、こちらの抵抗が弱まったと見たジョンストンからの砲撃は、確かに鎮まってきていた。
その代わりに、敵艦の水兵たちが早くも舷縁に大きく身を乗り出して、今しも鋼鉄の四爪錨を投げ放ってフロレスの艦を捕え、両艦が離れぬよう錨でガッチリ固縛しようと意気込んでいる。
当艦を鎖やロープで彼らの艦に縛りつけ、しっかり捕えた後、とどめの斬り込み隊を送り込んで内部まで完全制圧しようと目論んでいるのだ。
フロレスの青い瞳が密かに閃光を放った時、さらに両艦の間を隔てる海面はみるみる狭まり、ついには両艦が接舷し合うかと思われるほどに迫り合った。
――その瞬間、フロレスの渾身の号令が、逆巻く炎煙を切り裂いて響き渡った。
「今だ！！
全砲、突き出せ！！
撃てえ！！！」
その猛々しい咆哮と共に、突如、フロレス艦の艦側から、砲門の陰に隠されていた大砲群が一斉に牙のように突き出された。
と見るや、全砲が轟然と鳴りどよもし、直近に迫ったジョンストン艦めがけて一挙に火を噴いた。
鼓膜を突き破る恐怖の大音響が、ゴゥッ、と大気を揺るがしていく。
互いの距離が近いがゆえに、その音も圧縮され、倍増されて、今にも耳が潰れそうである。
その狂猛なフロレス艦からの砲弾によって、敵艦の甲板から、雷が巨木を引き裂くような凄まじい破壊音が轟き渡った。
それに掻き消される敵兵たちの阿鼻叫喚や憤激の蛮声。
手も届きそうなほど直近に迫った相手を狙った、しかも二弾装てんの砲撃は、予想以上に激烈なものだった。
しかし、敵艦の被ったそれらの衝撃はさることながら、この最後の反抗とも言える砲弾を放ったフロレスたちの船体もまた、荒れ狂う竜神の背のように大きく跳ね上がり、足下の板張りがバリバリと震えて今にも張り裂けぬばかりである。
怒涛の震動に振り落とされまいと必死で堪えながらも、フロレスは灼熱の硝煙の中で、ジョンストンの艦に目を据え続けた。
あまりの衝撃波に翻弄されて火花散る視界の中で、彼の艦から放たれた無数の砲弾によって、巨人の斧を叩き付けられたかのように、敵艦の帆や索具類が一斉に荒々しく薙ぎ払われていく。
それと同時に、切り倒されたマストの一部やヤードが、ドォッ、と海面に崩れ落ちて、巨大な水柱を噴き上げた。
さらには敵の舷側通路の一部が空中へ吹き飛ばされ、その付近にいた英国水兵や砕け散った船材が、黒々とした爆煙の中に飛散していった。
その上、敵艦の頭上からは、さらに多くの破砕物が落下して、円材がガラガラと倒れ込み、甲板のいたるところで凶器と化した木の裂片が弾け飛んでいる。
それらを避けようと逃げ惑う英国水兵たちや、既に死傷した兵たちの姿が、黒煙の陰から酷く生々しく見て取れた。
その敵艦から弾け飛びくる破砕物による巻き添えを避けようと、フロレス艦の乗員たちも、思わず身を引いている。
いつしかフロレスの片脇に戻っていたロペスが、血走らせた眼を炯々とさせて声を張った。
「フロレス殿！！
やりましたな！！」
今や、激しい殺意と狂気に完全に呑み込まれている尋常ならざるその世界の中で、フロレスは己の頭や心を澄ませようと懸命に努めた。
彼は、ロペスの言葉に応じながらも、その眼光はさらなる険しさを増していく。
「ああ。
だが、これからこそが正念場だ…！」
フロレスの視線の先で、この不意打ちの反撃を喰らった敵兵たちの表情は、恐怖や怯えを超越して、むしろ、これまで以上の猛烈な激怒と復讐心に燃え上がっているように見える。
ジョンストン艦のマストやヤードを狙って打ち込まれたフロレス艦の攻撃は、相手の帆走能力を奪わんとする意図が露骨なほどに明白であった。
しかも、このような至近距離に迫ってから、獰猛な二弾装てんの一斉砲撃をしかけてきたフロレスたちに対する英国兵たちの憤激は、瞬時に最高潮に達していたのだった。
あの超然としたジョンストンさえも、目元をわななかせて激昂しているさまが見えるかのようである。
が、さすがにジョンストンは、相変わらず冷静であった。
自艦が被ったいきなりの惨劇にも動じることなく、フロレスの艦を拿捕せんとの当初の目論見どおり、さらに船体をフロレス艦に迫らせてきたのである。
早くも次の瞬間には、ガリガリ！！、と双方の船体が激しくぶつかり合った。
両艦の接舷部から凄まじい衝撃音が鳴り響き、先刻にも勝る強烈な震動が、天変地異さながらに大きく両艦を揺るがしていく。
今しも手中に収めんとしていた相手から思わぬ満身創痍を喰らわされた英国水兵たちが、ジョンストンの冷徹な指揮の元、いよいよ怒りに燃えて、フロレス艦に詰め寄り、執拗に接舷を果たしてきたのであった。
強引に横付けされた強度の衝撃に胴震いする艦上で、海面に投げ出されまいとフロレスたちが堪えている間にも、敵艦の水兵たちは早くも鋼鉄の四爪錨を次々と投げ放って、まるで永久に離すまいとするかのように、互いの舷縁を頑強な鎖でグルグル巻きに固縛していく。
その横付けされたジョンストンの艦に素早く視線を馳せれば、艦尾付近に、先のフロレスによる火船攻撃の名残の焼け跡が生々しく見てとれる。
あの戦いで燃え尽きた己の艦の様子がフラッシュバックし、不意に眩暈に似た感覚が突き上げる。
それでいて、あれから、たいして時間も経っていないというのに、まるで遥か昔のことのようにさえ思えるのだった。
フロレスは頭を振って湧き上がる想念を振り払うと、グイッ、と袖で顔の血を拭った。
（今の戦いに集中するのだ…！）
そう己を叱咤し、決然と前に向き直る。
今しがたまで雷神のように鳴りどよもしていた自艦の砲列も、ズッシリと横付けされた敵艦の舷側から突き出す無数の大砲群に折り重なられて、完全に沈黙させられている。
そのさまは、さながら、黒々とした牙の並ぶ怪物の歯茎を無理矢理に噛み合せたような格好であった。
かくして、フロレスの砲撃を封じた敵軍は、猛り狂った類人猿の群れさながらに、激しく喚き、罵倒しながら、手に手に武器を振るって続々とフロレス艦の甲板へ飛び移ってくるのだった。
狂気じみた蛮声を張り上げて迫り来る敵兵たちにグイと視線をねじ向け、フロレスが猛然と吼える。
「敵の斬り込み隊を撃退するぞ！！」
フロレスは味方の兵の陣頭に立ち、スラリとサーベルを抜き放った。
そのまま目の高さに構えると、鋭利な刀身が放つ白銀の閃光が蒼い瞳の中に反射する。
間髪入れず、敵群れの中に飛び込んでいく彼の後を追って、武器を振り翳した水兵や海兵隊員たちが、攻め込んでくる敵軍の方へ一斉に走り込んでいく。
辺りでは押し止められなかった火焔が、いっそう広がりを見せている。
その熱風の中で、しかし、フロレスは、先刻までの激しい疲労が嘘のように、全身に不気味に力が湧き上がってくるのを感じていた。
先ほどロペス艦長から貰ったコカが今になって功を奏してきたのか、それとも、死路への覚悟ができたためなのか、あるいは、ただのヤケッパチの蛮勇か――。
いずれにしろ、不慣れな海戦に比べれば、陸戦で磨き上げられてきた本来の得意の剣技で戦える白兵戦は、フロレスにとっては、むしろ、ありがたいほどだった。
ビュッ、と唸ってフロレスのサーベルが光速で一閃し、己に群がり来る最初の敵兵たちを瞬く間に斬り伏せる。
次の瞬間には、敵の執拗な刃に襲われていた味方の水兵を庇いながら、相手の兵を一撃で黙らせた。
そのまま即座に向きを変え、次には凶暴な形相の英国士官と斬り結ぶ。
フロレスは易々と相手の剣先を受けかわし、代わりに己の重厚なサーベルを相手の喉元めがけて電光石火の勢いで突き入れた。
「――！！」
声にならぬ絶叫を上げながら英国士官が首を掻き毟って倒れ伏す間にも、ひらりと身を翻して向きを変え、新たな敵に立ち向かう。
返り血を浴びて朱に染まった長いブロンドが、幾度も宙に舞った。
そうしている間にも、辺りでは乱闘の波が激しさを増し、傾きかけた陽光の中で、斬り込み刀、剣、そして手槍の林のシルエットが、血生臭い乱舞を加速させていく。
フロレスは味方の兵を鼓舞しつつ、戦闘のなりゆきを見定めようと努めた。
そうしながらも、負傷して倒れたスペイン兵を背後に庇い、そこに襲い掛かり来た敵兵を即座に斬り下げると、すかさず返す剣先で、今度は舵輪脇で味方と戦っている別の男の方へ一気に斬り込んでいく。
その怒涛の乱戦の中で、どこからか、ジョンストン提督のものと思われる厳然とした声が鼓膜に響き渡ってきた。
「火を押し止めよ！！
火災をこれ以上、広げるな！！」
フロレスはサーベルを振るいながら、冷ややかに目を細める。
（ジョンストン…！
誰がつけた火だと思っている）
そう胸で呟き、また鋭く刀を一閃させる。
破竹の勢いで斬り進むフロレスの凄腕に、ジョンストンに鍛えられた英国兵たちでさえも、にわかに怯みを見せ始めた。
その上、此度のスペイン艦船に乗船している海兵隊員たちの中には、元はフロレス麾下の陸軍兵だった者も多くいて、上官のフロレス自身に負けず劣らず、士気高く、腕の立つ者も少なくなかった。
陸軍時代と同様に華々しく戦うフロレスの姿に鼓舞されて、今、彼らも本来の力を存分に発揮しているようだった。
味方の水兵たちを護りながら敵兵たちを斬り伏せていく、それら敏腕のスペイン海兵隊員たちの気迫と猛烈な攻撃力に、ジョンストンの兵たちは次第に自艦の方へ押し戻されていく。
その様子に、フロレス艦のスペイン兵たちは皆、ますます力を得て勢いづいた。
にわかに優勢に転じてきた今の流れを加速させるかのように、ロペス艦長の勇猛な大音声が響き渡ってくる。
「そのまま一気に敵兵どもをこの艦から叩き出せ！！
今度は、我らが敵艦に斬り込むぞ！！」
しかし、その時だった――。
バリバリッ、ガンッ！！、と、落雷の如き轟音と衝撃波がフロレス艦を大きく揺るがした。
すかさず、そちらを振り向いて、フロレスは目を剥いた。
ジョンストンの艦が接舷している方とは反対側の自艦の舷側に、あの英国艦隊副指揮艦パリアの艦が強引に横付けしてきたのだった。
提督と旗艦の危機を察したパリアが、即座に援護に急行してきたのに違いない。
敵の最も強力な二戦艦に挟まれる形となったフロレス艦の乗員たちは、やっと手にしたかと思われた勝機を早くも打ち砕かれて、愕然を通り越して、呆然となっている。
対照的に、押されていたジョンストンの兵たちからは、ワァッ、と歓喜の雄叫びが爆発的に湧き上がった。
その間にも、パリアの艦から、まだ力の有り余った屈強な男たちが、狂猛な鬨の声を上げながら次々とフロレス艦に雪崩れ込んでくる。
「怯むな！！
新手の敵勢を押し止めよ！！」
味方を鼓舞して咆哮するフロレスの方へ、新たな敵兵たちがドッと押し寄せる。
肉薄する敵群れの荒い息遣いを直近に感じ取りながら、さらなる勢いとパワーを増してフロレスの剣が炸裂する。
ドバッ、と全身に降りかかる返り血を浴びたまま、断固とした面差しで、まだ衝撃の中にいる味方の者たちをぐるりと見渡した。
「ここで諦めてはならぬ！！
ここまで戦い抜いてきたそなたたちなら必ずやれる！！
むしろ、これは敵艦二隻を同時に仕留める絶好の機会でもある！
それに、我らには、まだ打つ手がある！！
生き残る道もある！！
だから、最後まで決して諦めることなく戦い続けるのだ！
よいな！！」
修羅の形相で言い放つと、フロレスは朱に染まったサーベルを振り翳し、入魂の声と共に疾風の如く新手の敵勢に斬り込んでいった。
その後を緋色の軍服に身を包んだ海兵隊員たちが、我も！！と、気迫を漲らせて続いていく。
さらに続々と押し寄せる敵兵たちと斬り結びながら、フロレスはロペス艦長を素早く目探しした。
己の周りでは、雄々しい海兵隊員たちの姿に感化された水兵たちが、必死の表情で奥歯を噛み締めながらも、再び武器を握って敵に立ち向かっている。
そのようなスペイン兵たちを頼もしく思いながらも、だが、同時に、深い苦渋の念も抱かずにはいられない。
味方の兵を奮い立たせるためにあのように言いはしたものの、いかに彼らが士気高く最大限の力で戦い続けようとも、まだ殆ど無傷のパリアたちがジョンストンの加勢に参じてきた今となっては、白兵戦の行方は時間の問題と思われた。
（パリアの到着があと少し遅ければ、ジョンストンもろとも英国艦隊旗艦を制覇できたかもしれなかった…！
しかし、こうなった以上、味方の犠牲を増やす前に、最終作戦を決行しなければならない！！）
艦上を見渡すフロレスの視野を切って、いきなり敵兵の巨大な刃が鋭く襲い掛かってきた。
ハッと彼の意識が反応するよりも早く、まるでサーベル自身が意志を持っているかのように猛然と横合いに振りつけ、一閃で勝負を決していた。
ほどなくフロレスは、溢れかえる人波の間から、髪逆立たせて鬼神の如く剣を振るっているロペス艦長の姿を見出した。
ロペスも作戦決行の時を計っていたのであろう、暫しの距離を隔ててはいたが、互いの目が真っ直ぐに合った。
血飛沫に濡れた顔の中でギラつくロペスの瞳をとらえ、「作戦決行に移る！」と、フロレスの鋭利な視線が合図を送る。
間髪入れず、「了解した！！」と、ロペスも力強く目で応じてきた。
フロレスが踵を返そうとした瞬間、鮮血の滴るロペスの唇が、渾身の力で声にならぬ言葉を叫ぶ。
（フロレス殿！！
どうか命を粗末にしないでください！！
必ず戻って、あなたも我らと共に――）
フロレスがそこまで見届けた時、ロペスは敵波の陰に隠れ、再び激闘の渦に呑まれていった。
（ロペス艦長…！）
海兵隊員たちがロペスの援護に駆け込んでいくのを目におさめると、己に対するロペスの言葉に深く頭を下げながら、フロレスは身を翻した。
（註☆イラストは、Wikipedeaよりお借りした「サン・ビセンテ岬の海戦」（1797年）です。
この物語とほぼ同時代の英国艦隊とスペイン艦隊の海戦で、かの有名なネルソンも参戦。
圧倒的な手腕で英国側が勝利しています。)
ロペス艦長とはこの海戦を通じて知り合い、まだ関わりを持って間も浅い間柄ではあったが、厚い信頼を寄せられる相手に出会えたことに感謝の思いを禁じ得ない。
きっと彼なら敵の刃もかわしきり、最終作戦決行に向けて、必ず打ち合わせ通りに動いてくれるはずだ。
そう胸の内で自分に強く言い聞かせ、フロレスは押し寄せる敵の武器の林をかいくぐりながら走っていく。
向かう先は、フロレス艦の甲板上から艦内に降りていくための昇降階段に続く出入り口。
だが、そのような己の様子を決して敵に悟られてはならなかった。
慎重に、それでいて敏速に、フロレスは、戦闘に夢中になっている味方や敵群れの陰に身を隠しつつ、昇降階段入口に駆け寄った。
素早く周囲を見渡し、誰にも己の行動に気付かれていないことを確認すると、すかさず身を翻し、昇降階段へと滑り込んだ。
――突如、視界が真っ暗闇に閉ざされる。
逆巻く炎や煙、血生臭い人熱で息もできぬような雑踏と眩い陽光の中から、いきなり薄暗く静寂な艦内へ踏み込んで、一瞬、視力も、聴力も、完全に奪い去られたような思いであった。
それでも、手と足元の感覚を頼りに、闇の中を全速力で最下層の船倉に向かって駆け下りていく。
甲板上を覆い尽くす戦闘や血の匂いからは逃れたものの、船底に下っていくにつれ空気は淀み、こもった生活臭や腐った食べ物の悪臭が充満して、息が詰まりそうである。
そのような空間を進み続け、やっと僅かに目や耳が慣れてきた頃、儚げなカンテラの明かりに照らされた目指す木戸が一つ、ボンヤリと見えてきた。
フロレスは迷わず、その扉の中へ飛び込んだ。
足元にザラリとした粒上の感触が伝わる。
床に散らばる黒々とした火薬の粉末。
おおかた火薬運搬を担当している少年水兵たちが、砲列甲板まで運び出す際に床の方々に溢していったものであろう。
フロレスは、ドア前に提げられていたカンテラを慎重に手にすると、その室内を照らし出した。
部屋の奥には、まだ未使用の火薬粉が樽に詰められ、幾つも積み上げられたまま残されている。
喫水下の船倉の最奥にあるその場所は、まさしく当艦の攻撃力の「心臓部」とも言える場所――火薬庫であった。
今は白兵戦のために全員が甲板上に出払っているために、外界から隔絶されたその場所はひとけも無く、まるで別世界のような重苦しい静寂に押し包まれている。
フロレスは、さらに素早くカンテラを動かし、くまなく室内を見渡していった。
ほどなく、部屋の一隅に束ねられている導火線を見つけると、逸る心を抑えて、戸口の方へ後ずさった。
そして、万一にも火薬が灯りの炎に着火することのないよう、ドア越しにしっかりとカンテラを固定する。
さらに、発火を防ぐため、サーベルなどの金属物も手早くはずして戸口の外に置いてから、足早に火薬庫の奥に進んでいった。
決意を宿した面差しで、導火線の束に手を伸ばす。
そうしながら、血で染まった指をそっと壁の板張りに触れさせた。
ギイイ…と、身をよじるように幾度も軋む艦の震動が、フロレスがこれから行おうとしていることに、「やめて！」と、まるで懸命に抵抗しているかのようである。
そんな艦の叫びに胸の疼きを覚えながら、フロレスは壁に触れさせた指先に力を込めた。
（許せよ――！！
これから、わたしは、この火薬庫に火をつける。
そなたは自爆し、同時に、あのジョンストンとパリアの艦も道連れにして、木っ端微塵に吹き飛ぶことになろう…！
そうしたところで、ここまで劣勢をきたした我らスペイン艦隊に、もはや勝機が望めるわけではないが…。
それでも、敵の主要戦艦二隻を戦闘不能にできれば、これから陸岸で英国艦隊を迎え撃つスペイン軍陸上部隊にとって、幾ばくかでも有利となるであろう）
ギイギイといっそう激しく鳴り軋む音に、胸の奥がさらに強く締め付けられる。
まだ乗艦して僅かの時しか経っていない艦だというのに、まるで永き時を共に戦ってきた戦友のように深い愛着心が芽生えていたのだ。
だが、その思いをすぐに振り切って、フロレスは導火線を手に取った。
（この導火線を辿って火薬に着火するまでに、艦上の兵を撤退させなければならない。
異変を察した敵兵が彼らの艦を当艦から切り離して退却するよりも早く、この火薬庫の爆破を起こさねばならないが、その前に味方の兵を即座に退避させねばならないのだ。
そのためには海に飛び込ませるしかあるまいが、それも打ち合わせ済みのこととはいえ、それにしたって一瞬で済むことではない。
事前の申し合わせ通り、甲板上で時を計っているロペス艦長が、皆を上手く脱出させてくれることを祈る…！）
当艦から味方が退避するのに要する時間と導火線の長さとを俊敏に脳内で計算しつつ、フロレスの手は導火線の束を休み無く繰っていく。
これほどの船底まで下りてきている己自身には、もはや脱出できる余地は無かろう。
それでも、自分の言い出した計略である以上、悔いは無い。
しかし、せめて味方の兵の一人でも多くの者が、爆発の巻き添えにならずに無事に脱出を果たしてほしいと、ひたすら念じる思いは捨てきれなかったのだ。
急迫した状況下で極度の慎重さと迅速さを要する作業に、思わず指先がぶれそうになるのを懸命に堪えながら先を進めていく。
が、不意に、そのフロレスの背後で、何者かの気配が蠢いた。
と同時に、聞き覚えのある声が、重い静寂の中にあった火薬庫に低くこだまする。
「フロレス。
そこまでだ」
ハッとした瞬間には、フロレスの喉元に、ヒタ、と背後から冷たい剣先が押し当てられていた。
さすがにギクリとして、瞳だけを後ろに動かす。
（―――！！）
思わず、フロレスの全身が硬直した。
「ジョンストン…！」
まさしく、そこには、金モールの肩章が煌く英国海軍服に身を包んだ、威厳に満ちたジョンストンの姿が、その息遣いまで感じ取れるほどの直近にあったのだ。
「フロレス、ここで何をしている？
もしや――近接距離からの狂気じみた砲撃で我らを怒らせ、白兵戦に熱中させて、その間にこの火薬庫に火を放ち、当艦もろとも我が艦とパリアの艦を吹き飛ばそうとでも思っていたのかね？」
奥歯を噛み締めるフロレスを、超然たるジョンストンの目が冷徹に睥睨する。
しかも、その相手の手にあるサーベルは、発火を防ぐために火薬庫の戸口に置いてきたフロレス自身のものであった。
その剣先を、如何なる僅かな動きがあろうとも即座に喉を掻き切らぬとばかりに、ジョンストンが隙無く押し付けてくる。
屈辱感と絶望感に苛まれながら、フロレスが低く唸った。
「わたしの動きを監視していたのか…！」
その瞬間にも、フロレスの全身は、ジョンストンが引き連れていた巨体の英国兵たちによって縄で固く縛り上げられていく。
今や丸腰のフロレスには、もはや抵抗の術は無かった。
完全に縛り上げられた様子を見届けると、ジョンストンは、フロレスの喉に当てていたサーベルをゆっくり鞘――これも同様にフロレスのものだが――に収めた。
「我らにあれほどの劣勢に追い込まれた中、それでも一隻で立ち向かってきたおまえに、何か妖しげな策があると思わぬはずはない。
残念ながら、これ以上、思うようにさせるわけにはいかん」
「――ジョンストン……！」
その刹那、ジョンストンの青い瞳に、険しい炎が閃いた。
「大切なわたしの艦をすっかり傷つけられてしまった今となっては、我らは、これ以上、いかなる艦も失うわけにはいかんのだよ」
